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富山地方裁判所 昭和38年(行)4号 判決 1965年3月26日

原告 株式会社室町会館

被告 魚津税務署長

訴訟代理人 横山茂晴 外六名

主文

被告が昭和三六年一一月三〇日付でなした原告の昭和三六年三月一日より同年八月三一日にいたる事業年度の法人税等更正決定は、これを取消す。

原告の被告が昭和三七年三月二四日付でなした再調査決定の取消を求める訴は、これを却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告訴訟代理人は、主文第一項および第三項と同旨、ならびに「被告が昭和三七年三月二四日付でなした再調査決定は取消す」との判決を求めた。

二、被告指定代理人は、「原告の請求をを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

〔一〕(一)  原告は、昭和二二年八月七日当初魚躬商事株式会社なる商号により、絨氈の販売、海産物、ゴム製品、雑貨の販売を目的として、七万五、〇〇〇円の資本金をもつて、設立せられた株式会社であるが、昭和三五年二月一日商号を現商号に、目的をビル管理業ならびに不動産業に、それぞれ変更したものである。

(二)  原告は、その設立以来、何等の営業活動をなしておらず、昭和三五年一〇月三一日付をもつて、魚津税務署宛に営業再開届を提出したものの、その後も実質的には営業をなした事実もなかつたので、昭和三六年一〇月被告に対し、同年三月一日ないし同年八月三一日の事業年度につき、所得金額なき旨の法人税申告書を提出した。

(三)  ところが、被告は、同年一一月三〇日付で原告に対し、右事業年度の原告の所得金額を二億三、五七八万七、四〇〇円、留保所得金額を一億九七六万二、六〇〇円、法人税額を一億七二五万一、七三〇円、過少申告加算税額を五三六万二、五五〇円とする旨、更正決定をした。

(四)  そこで、原告は、同年一二月二四日被告に右更正決定に対する再調査の請求をしたところ、被告は、昭和三七年三月二四日付で、原告に対し、右事業年度分の所得金額を二億二、四〇二万八、九〇〇円、留保所得金額を一億三万七、六〇〇円、法人税額を一億一八三万八、五〇〇円、過少申告加算税を五〇九万一、九〇〇円とする再調査決定をなした。

(五)  さらに、原告は、同年四月二六日金沢国税局長に審査の請求をしたところ、同国税局長は、昭和三八年一一月一日付で原告の審査請求を棄却する旨の決定をなした。

〔二〕  被告の右法人税の更正決定および再調査決定は、いずれも違法である。

(一) 被告の右法人税の更正決定および再調査決定は、原告が昭和三六年九月六日訴外朝日土地興業株式会社に対し、原告所有名義となつていた東京都中央区日本橋室町四丁目二番の八所在宅地一五七坪七合(以下本件土地という)を売却したものと認め、右土地売却代金二億八、八〇〇万円から不動産取得原価一九五万円、譲渡に要した費用合計六、二〇二万一、〇三〇円を控除した二億二、四〇二万八、九七〇円の所得ありと査定して、課税されたものである。

(二) しかしながら、本件土地は、原告所有名義に仮装されていたが、実質は原告の初代代表取締役訴外魚躬常次郎個人の所有に属するものを、訴外沢政男個人が買受けて、訴外朝日土地興業株式会社に転売したもので、原告は、右取引に実質上何等の関係もなく、その収益も享受していないものである。すなわち、

(1) 魚躬常次郎(以下単に魚躬という)は、昭和二二年五月二二日本件土地をその前所有者訴外杉村友三郎から買受けたのであるが、同年八月七日に原告会社を設立し、同月一四日東京法務局受付第五、一四五号をもつて、右同日の売買を原因として、右杉村友三郎より原告に本件土地の所有権移転登記手続をなしたものである。

(2) ところで、右経過を法律上よりみれば、正に商法第一六八条第一項第六号に規定せられたいわゆる財産引受に該当すると思われるが、右財産引受が有効であるためには、目的たる財産、その価格および譲渡人の氏名を原始定款に記載することが絶対に必要なところ、原告の原始定款においては、この記載が全く欠缺している。従つて、会社設立前に魚躬のなした本件土地の買受行為は、当然にはその効果が原告に帰属していないことが明らかである(なお、前記のとおり、原告の当時の資本金は、七万五、〇〇〇円に過ぎなかつたのであるから、一〇〇万円ないし二〇〇万円もの金員を支出して本件土地を購入することは、到底不可能であつたものである)。

(3) しかして、その後において本件土地につき、商法第二四六条所定の事後設立の手続がなされた事実もなく、また、原告の資本金は、昭和二三年五月三〇日に三五万円、昭和三五年二月六日に五〇万円にそれぞれ増資されて、今日に至つているが、右いずれの増資手続に際しても、商法第二八〇条の二第一項第三号、同条の八所定の現物出資の手続がなされた事実も存しない。

(4) 従つて、原告が本件土地について所有権を取得したことはなく、事実本件土地上に存した東京都中央区日本橋室町四丁目二番地家屋番号同町二番の一〇木造瓦葺二階建事務所一棟建坪九〇坪の建物につき、その地代を収納したことも、また、本件土地に対する公租公課を負担したことも一切なかつたのである。右土地建物の収益や費用は、いずれも魚躬個人に帰属し、同人において負担していたものであり、このことは、更正決定通知書に記載されていた公租公課の金額が再調査決定通知書において抹殺されていることからも明らかである。

(5) 右の事実は、原告の財産目録に本件土地の記載がなく、その後、昭和三五年九月一日付の貸借対照表作成前までは、貸借対照表上にも不動産勘定が全く記載されたことのなかつた事実からみても、容易に推測されるところであり、また、被告において、前項記載の地代収入に関しては勿論、その他についても、原告に対し、一切税金を賦課したことがなかつたのは、本件土地の所有権が実質上原告にはなかつたことを了知していたからであろうと思料される(前項末尾記載のとおり、被告が再調査決定において本件土地に関する公租公課金を抹消しておきながら、なおかつ、本件土地売買を原告の行為と認定した取扱いは、矛盾したものと考えざるを得ない)。

(6) これを他面、魚躬と沢政男との間の本件土地売買に関する取引交渉の経過について、考察してみるに、昭和三五年一〇月二四日付をもつて作成された売買予約の契約書においては、売主は、原告名とされているが、当時原告の代表取締役は勿論、取締役の地位をも辞任していた魚躬が連帯保証人として名を連ね、買主として沢の主宰する千代田商事株式会社の名が記載されている。しかしながら、同日付をもつて作成せられた魚躬より三井不動産株式会社に対する念書においては、魚躬は、自ら土地所有者として、右書面を作成し、その内容において、原告の本件土地所有名義は仮装に外ならぬ向きを明記している。さらに、昭和三五年一一月一七日付をもつて作成された本件土地についての売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記のための委任状にあつては、その登記権利者を沢政男個人名にしてあるのである。

(7) 右経過を一見すれば、この取引が魚躬個人と沢政男個人との間のものなることは、明らかであると考えられるのであるが、右両人間の昭和三五年一二月一日付の売買契約書において、その形が原告会社の株式売買に仮装されている点を捉えて、被告は、土地売買という実体を抽象し、右取引は純然たる株式売買であると認定している。しかしながら、本件土地以外に何等の資産を有せず、しかも、設立以来何等の事業をも行つたことのない原告の既発行株式一万株全部を売買する行為の所期するところが奈辺にあつたかは、見易きの理にして、魚躬と沢政男がかかる仮装形式をとるに至つた理由は、買主の沢政男が不動産取引業者であり、当時同業者間の慣行として、転売の目的をもつて買受けた不動産については、通常自己名義に登記を移転することなく、中間省略登記をもつて、転買人に直接所有権移転登記手続をなすことを例としていたところ、右のごとく、法人所有名義の不動産を売買するに際し、その法人の株式会部を譲渡してもらい、その代表者としての登記をなしておけば、売主によつていわゆる二重売買をせられ、不測の損害を蒙る虞がなくなる利点があり、かつ、そもそもが売主である魚躬から、この様な形式の契約書を作成することを強く要望されたために、深く考慮することなく、かかる形態を借りたに過ぎないのである。

(8) しかるを、右沢政男において、本件土地売買による所得につき、所得税確定申告書を、その所轄である東京国税局麻布税務署に提出しているにもかかわらず、これを飽くまでも原告の所得として課税する税務当局の態度は、所得税法第六七条「同族会社等の行為又は計算の否認」の規定の存在趣旨からいつて、むしろ、考え方が逆ではないかと考える。「法人税法は、その第七条の三にいわゆる実質課税の原則をとることを明示しており、右規定の趣旨から推して、取引の目的物の真実の所有者ないし売主が何人であるを問わず、専ら公簿、契約書等の書類上形式的に表示された名義人のみを標準として、これに課税する表見課税の方法を採ることは許されない」(昭和三四年九月一四日山口地判税務訴訟資料二九号九一三頁)ところである。

(三) 以上の次第で、原告は、昭和三六年三月一日から同年八月三一日に至る事業年度において、他に収益を得た事実はないのであるから、原告の右事業年度における法人税上の所得金額を二億二、四〇二万八、九七〇円と査定し、法人税一億一八三万八、五〇〇円、過少申告加算税五〇九万一、九〇〇円を賦課した本件課税処分は、違法な処分として取消されるべきものである。

(四) なお、本件法人税賦課については、その課税技術面においても疑問の点が存する。

(1) 先ず、被告は、本件土地の取得原価を一九五万円としているが、その根拠が甚だ不確実である。おそらくは、被告は、原告より昭和三五年一〇月三一日付をもつて被告に提出した営業再開届に添付の原告の貸借対照表に、「不動産土地一、九五〇、〇〇〇円」と記載されていたので、これを根拠としたものであろうかと思われる。

(2) しかしながら、右営業再開届にも記されているとおり、原告は、昭和二七年より休業しており、その直前である「自昭和二六年三月一日、至同年八月三一日、第八期決算報告書」、および設立直後である「自昭和二三年三月一日、至同年八月三一日、第二期決算報告書」のいずれにも、右不動産に関する記載は、全くみられず、会計上の継続性の原則を無視して計上された不動産価格を、当然のごとく取得価格として、課税の基礎としているやり方は、いささか杜撰のそしりを免れないのである。

二、被告の答弁および主張

〔一〕  原告主張の請求原因事実中、〔一〕(一)の事実、同(二)の事実(ただし、「原告は、その設立以来何等の営業活動をなしていなかつた」との点を除く)、同(三)ないし(五)の事実、ならびに〔二〕(一)の事実(ただし、本件土地売却年月日は昭和三六年九月六日でなく、同年七月一八日である)および同(二)(1)の事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。

〔二〕  なお、被告のなした本件法人税更正決定は、原告の申立による再調査決定により、その限度において変更せられ、被告のなした本件再調査決定は、行政不服審査法にいわゆる異議申立に対する決定に当るから、原告は、本件において、右原処分たる更正決定の取消のみ求めれば足りるものである。

〔三〕  被告のなした本件更正処分は、次のとおり適法妥当である。

(一) 原告は、本件土地の登記名義はともかく、実質は訴外沢政男が訴外魚躬常次郎から買受け、さらに訴外朝日土地興業株式会社に譲渡したものであるから、原告は右取引に関係せず、その収益を享受していないと主張するが、本件土地の元所有者は、魚躬であつたとしても、それが原告に譲渡され、原告と右朝日土地興業株式会社との間に、本件土地の譲渡がなされたのであるから、それに基く所得は、当然原告に帰属するものである。

すなわち、魚躬は、昭和二二年五月二二日近く設立する予定であつた原告会社の社屋敷地にするため、訴外杉村友三郎から本件土地を買受け、同年八月七日原告会社設立後同月一四日直接原告会社名義に所有権移転登記を経由した。このように、本件土地購入の目的が投機的売買ではなくして、原告の社屋敷地として使用するにあつたこと、魚躬が実質的には原告会社の全株式を所有しており、魚躬個人と原告会社とは、実質上ほとんど同一体視さるべき関係にあつたこと、魚躬は、その後最後まで本件土地を会社名義にして、結局、それを会社資産として、全株式を沢政男に譲渡したこと等、本件土地についてのその後の処理、経緯にかんがみると、魚躬は、原告会社設立後、そのころ本件土地を原告会社に譲渡してこれを会社所有名義にしたものとも考えられる。

(二) かりに、魚躬が原告会社設立の当初、本件土地を原告会社に譲渡したのではなく、単に登記名義のみを直接会社へ移転したにすぎないものとしても、少くとも、沢政男との株式譲渡契約締結の前には、以下に述べるごとく、これを原告に譲渡していたのである。

すなわち、魚躬は、昭和三五年に至り金融の必要から、本件土地を他に売却しようと考え、各方面に引合いに出したのであるが、そのうち、右土地を魚躬個人の所有として、土地を譲渡する方法をとると、譲渡所得に対する課税を免れないのに反し、土地を会社の資産として自己の所有する同会社の全株式(名義は自己および親族)を譲渡する方法をとると、当時の所得税法(六条五号)により、有価証券の譲渡による所得については、非課税であつたので、土地を直接売却する場合に比して、株式譲渡の価格が幾分低くなつても、その方が有利であると判つた。そこで、魚躬は、この方法をとるため、ここに確定的に本件土地を会社の資産とすることとし、昭和三五年一〇月三一日付で魚津税務署に原告会社の営業再開届を提出し、それに添付した貸借対照表に本件土地を会社資産として計上し、同年一二月一日沢政男に、原告会社の全株式(五〇万円払込、一万株)を代金一億三、〇〇〇万円(実質は一億六、〇〇〇万円)で譲渡したのである。しかして、株式を譲受けて一人株主となつた沢政男も、右と同様の方法で、株式を譲渡するつもりのところ、所得税法の改正(同法六条六号)も手伝つて、適当な買受人が見付からないので、やむなく、会社代表取締役として直接土地を売却することになり、昭和三六年七月一八日原告会社と訴外朝日土地興業株式会社との間に本件土地の売買契約が締結されたのである。

(三) 原告は、昭和三五年一二月一日の魚躬と沢政男間の売買契約を捉えて、その実体は土地売買であり、株式売買は形式にすぎないと主張する。なるほど、右両者間の株式売買契約の主目的が土地にあつたことは、事実であろう。しかし、魚躬としては、その土地を自己の所有とし、土地自体を売買すると、所得税が課せられるので、その方法をさけ、土地は原告会社の所有とし、その土地を唯一の資産とする会社の全株式を譲渡することにより、同一の目的を達したのである。相手方の沢政男としても、原告会社の全株式を取得すれば、実際上、その土地は自己の思うように管理できるわけで、利害得失のいかんによつては、これを自己個人の土地にして、処分することも、あるいは、再び全株式を他に譲渡して同一目的を達することも、自由なのであるから、十分承知して、全株式を譲受ける契約をしたのである。というよりは、魚躬に株式譲渡の方法を教えたのは、沢政男およびその背後にあつて実質上の買主とでもいうべき関昇なのであつて、従つて、同人らも、本件売買契約の対象が本件土地を会社資産として評価した株式であることは、承知していたのであり、また、その当時右と同様の方法により、株式を他に転売する意図であつたことも、前述のとおりである。

このことは、当時三井不動産株式会社から、本件土地につき坪当り一二五万円(総額一億九、七一六万二、五〇〇円、因みに、沢政男との株式売買においては、坪当り一〇〇万円と評価した)で、買受けの申込があつたにもかかわらず、魚躬が株式売買の方法を持出したため、売買交渉が不成立となつたことからしても、明らかである。もし、魚躬に土地を売買する意思であつたのなら、当然、三井不動産株式会社の有利な買受申込による売買契約が成立した筈であるが、魚躬としては、所得税との関係上、あくまで土地を売買するということはせず、価格の点では多少低額になることもいとわずに、土地は会社所有として、その会社株式を譲渡するという途をとつたのである。

(四) 本件土地は、もと魚躬の所有であつたが、原告会社に譲渡され、昭和三六年七月一八日さらに原告から訴外朝日土地興業株式会社に譲渡されたから、訴外朝日土地興業株式会社に対する譲渡差益は、当然原告に帰属するものである。従つて、被告は、原告の所得につき、本件更正処分をなしたのであつて、専ら、公簿、契約書等の書類上、形式的に表示された名義人を標準として、これに課税したものではない。

三、被告の右主張に対する原告の反論

(一)  被告は、本件更正決定に対する原告の再調査請求に対して、一部認容の裁決たる本件再調査決定をなし、同決定により、原告に対する法人税額の賦課調定の行政行為をなしているものであるから、行政事件訴訟法第一〇条第二項所定の場合と全く異り、原告は、右決定に対しても、「違法を理由として取消を求めること」ができるところであり、それが不適法とされるいわれはない。

(二)  魚躬は、本件土地を原告会社の社屋敷地として使用する目的で購入したものではなく、また、原告会社設立後、そのころ本件土地を原告会社に譲渡したことのないことは、先に主張したとおりである。

(三)  被告は、魚躬は「昭和三五年一〇月三一日付で魚津税務署に原告会社の営業再開届を提出し、それに添付した貸借対照表に本件土地を会社資産として計上し」、「ここに確定的に本件土地を会社の資産とすることとし」たと主張するが、その商法上所定の手続は、全く存在しないのであるから、魚躬と原告間の本件土地所有権移転の法的原因が明らかでない。

(四)  かりに、被告主張のように、昭和三五年一〇月三一日ごろ本件土地の譲渡が行われたものとすれば、被告の主張による当時の時価は、坪当り一〇〇万円ないし一二五万円で、総額一億五、七七五万円ないし一億九、七一八万七、五〇〇円であつたのであるから、原告に対する本件課税に当り、その不動産取得原価を大体右に近い金額として、譲渡金額から控除すべきであるにかかわらず、不動産取得原価を金一九五万円として、法人税額を算出してなされた本件課税処分は、この点においても不当である。

(五)  また、原告と訴外朝日土地興業株式会社間に、本件土地売買契約が締結されたとしても、右売買契約は、原告会社の債権者魚躬、債務者沢政男債権額一億二、〇〇〇万円の抵当権設定登記の抹消登記手続を停止条件とする契約であつて、右条件たる抵当権抹消登記手続は、昭和三六年九月六日に経由され、同日から右契約の効力が生じたものである。従つて、この点からも、被告が本件土地売買の収益を原告の昭和三六年三月一日より同年八月三一日までの事業年度に帰属させたことは違法であつて、かりに、原告が右収益の帰属主体であるとしても、本件課税は、これを取消されるべきである。

四、原告の右主張に対する被告の反論

(一)  被告としては、もし、原告が本件土地を取得したのが原告会社設立当時ではなく、昭和三五年一〇月であつたとすれば、課税上原告主張のような取扱いをすべきであることは争わない。ただし、当時の本件土地の時価が原告主張のとおりであることは争う。

(二)  原告と訴外朝日土地興業株式会社間の本件土地の売買契約は、昭和三六年七月一八日に締結せられ、即時その効力を発生したのであるから、右売買に基く差益は、右契約締結の日の属する事業年度の益金に計上するべきものである。右契約には、抵当権設定登記の抹消登記手続に関する約定がなされているが、抹消登記手続をなすことは、右契約に基き、売主である原告の履行すべき債権の内容であつて、訴外会社が約旨に従い代金を支払つたときには、原告は前記登記手続をしなければならず、反対に、訴外会社は原告に右手続を請求しうるのであつて、不確定な将来の事実ではないから、これをもつて、条件ということはできない。

(三)  本件土地が魚躬宛人の所有であり、これを沢個人が買受けたのが事実であるにもかかわらず、魚躬に対する課税を免れるために、形式上、本件土地は原告の所有であり、魚躬と沢の売買が不動産の売買ではなく、原告の株式の売買であるかのごとく仮装したものとすれば、それは、魚躬らが脱税を図つたものというべきである(なお、沢個人としても地方税である不動産取得税を免れている筈である)。そして、かかる脱税の目的のために仮装形式をとつたのは、魚躬個人および同人に対してこのような方法を示唆した沢政男が共謀のうえでしたことであるばかりでなく、魚躬が一人株主であつて、事実上支配していた原告自身も、魚津税務署に営業再開届を提出し、それに添付した貸借対照表に本件不動産を会社資産として計上することによつて、右両者と共謀し、右脱税のための仮装形式実現に加担したものというべきである。このように、脱税のため、実体と異なる虚偽仮装の形式を作為したものであれば、これに加担した原告が、その作為にかかる形式に従つてなされた課税に対して、その形式の虚偽仮装のものであることを理由として争うことは、信義誠実の原則に照らして許されないところである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告が昭和三六年一〇月被告に対し、同年三月一日ないし同年八月三一日の事業年度について、所得金額なき旨の法人税申告書を提出したところ、被告は、同年一一月三〇日付で原告に対し、右事業年度の原告の所得金額を二億三、五七八万七、四〇〇円、留保所得金額を一億九七六万二、六〇〇円として、法人税額を一億七二五万一、七三〇円、過少申告加算税額を五三六万二、五五〇円とする更正決定をなしたこと、そこで、原告が同年一二月二四日被告に右更正決定に対する再調査の請求をしたところ、被告が同三七年三月二四日付で原告に対し、右事業年度分の所得金額を二億二、四〇二万八、九〇〇円、留保所得金額を一億三万七、六〇〇円、法人税額を一億一八三万八、五〇〇円、過少申告加算税を五〇九万一、九〇〇円とする再調査決定をなしたこと、さらに、原告が同年四月二六日金沢国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同国税局長が昭和三八年一一月一日付で原告の審査請求を棄却する旨の決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二、まず、本件更正決定等の取消を求める訴の適否について、考えてみるに、国税通則法第八七条によれば、国税に関する法律に基く処分で、不服申立をすることができるものの取消を求める訴は、審査請求をすることができる処分にあつては、審査請求についての裁決を経た後でなければ、提起することができないとされているが、原告は、前記再調査決定につき、昭和三七年四月二六日金沢国税局長に対し、審査の請求をしたのであるが、それより三ケ月を経過しても、右審査請求に対する決定がなかつたので、昭和三八年七月一五日本件訴を提起したものであることは、記録上明白であり、その後、同年一一月一日右審査請求に対する決定がなされたことは、前記のとおりであつて、かかる場合、審査決定(裁決)を経ることなくして、直ちに更正決定等の取消の訴を提起できることは、同条ただし書ならびに行政事件訴訟法第八条第二項に照して明らかである。なお、被告は、原告が本件更正決定の取消の訴と再調査決定の取消の訴を提起していることにつき、後者は処分の違法を理由として取消を求め得ないから、原処分である前者の取消のみ求めれば足りる旨抗争するが、行政事件訴訟法第一〇条第二項は、訴の要件を定めたものではなく、取消訴訟における違法事由の主張の制限を規定したものにすぎないと解すべきであるから、処分の違法を理由として、本件再調査決定の取消を求める訴の提起自体は、許されるものといわなければならない。従つて、原告の本件各訴は、行政事件訴訟法第八条および第一〇条の関係に関する限り(再調査決定の取消請求につき、訴の利益が存するかについては、後に触れるところである)、いずれも適法であるというべきである。

三、そこで、被告の原告に対する本件更正決定が正当かどうかについて考えてみるに、本件更正決定は、被告において、本件土地が原告の所有に属し、その取得原価が一九五万円であつて、原告が昭和三六年七月一八日これを訴外朝日土地興業株式会社に金二億八、八〇〇万円で売却し、原告にその取得原価より諸経費を控除した差額の譲渡所得があつたとして、原告の法人税申告を更正賦課したものであることは、当事者間に争いがないところ、原告は、本件土地の所有権は当初から原告に帰属していないと主張するのである。

ところで、原告は、昭和二二年八月七日当初魚躬商事株式会社なる商号により、絨たん、海産物、ゴム製品、雑貨の販売を目的として、七万五、〇〇〇円の資本金をもつて、設立せられた株式会社であつて、昭和三五年二月一日商号を現商号に、目的をビル管理業ならびに不動産業とそれぞれ変更したものであり、本件土地は、訴外魚躬常次郎(以下単に魚躬と称する)が昭和二二年五月二二日訴外杉村友三郎から、これを買受け、原告会社設立後、同年八月一四日、東京法務局受付第五、一四五号をもつて、右同日の売買を原因として、右杉村友三郎より原告に本件土地の所有権移転登記手続をなしたものであることは、当事者間に争いがないから、原告が本件土地につき実質上の所有権を有したかについて、検討を要する。

しかして、成立に争いない甲第一号証ないし第八号証、第九号証の一、第一〇号証の三、第一一号証、第一二号証の一、第一二号証の三、第一三号証、第一四号証、第一五号証の一ないし五、乙第二号証の一ないし五、証人魚躬常次郎の証言、ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち

(一)  原告会社は、その設立当時魚躬が主宰していた魚躬絨氈株式会社の販売部門を担当する別会社として、同人が設立し、自らその代表取締役に就任したものであるが、発足当初予定していた進駐軍向け絨氈の受注が急に取消されたため、設立当初から休業状態を続けていたところ、昭和三五年一〇月三一日に至つて、魚津税務署に営業再開届を提出したものであること、

(二)  本件土地は、魚躬が原告会社のためにする意図で、訴外大橋進一のあつせんにより、訴外杉村友三郎から東京都中央区小綱町二丁目六番地の二階建建物(延建坪七一坪五合六勺)とともに、二五〇万円で買受けたものであること(本件土地のみの代金は、明確になしえず、魚躬が前記原告の営業再開届をなした際、これに添付した貸借対照表に本件土地を記載するに当り、これを一九五万円と計上しているが、それは、前記買受建物の価額との割振り等を考えて、一応算定したにすぎないものと思われる)、

(三)  本件土地の売買代金は、魚躬の供述によれば、同人が設立を予定していた原告会社のため立替支払したというのであるが、原告会社設立後、魚躬と原告間に、右立替金の返済について、何ら具体的取極めがなされていないのみならず、原告会社の貸借対照表等に、右魚躬の立替金を借入金、仮受金等として計上されていた事実もないこと、

(四)  原告会社の原始定款に、魚躬が設立中の原告会社のため、本件土地を取得し、これを、原告会社が成立後に譲受けることを約した財産として、その価額および譲渡人として魚躬の氏名が記載されていないし、また、その後において、本件土地につき商法第二四六条所定の事後設立手続がとられた形跡もないこと、

(五)  原告会社の資本金は、設立当初七万五、〇〇〇円であつたが、昭和二三年五月三〇日に三五万円に、昭和三五年二月六日に五〇万円に、それぞれ増資されて現在に至つているが、右いずれの増資手続に際しても、商法第二八〇条ノ二第一項第三号、同条ノ八(もしくは、改正前の第三四八条)所定の現物出資の手続がとられたことがないこと、

(六)  原告会社は、昭和二四年ごろ本件土地上に、訴外魚躬絨氈株式会社所有名義建坪延一八〇坪の建物を建築させて、同訴外会社に本件土地を賃貸していたが、同訴外会社から地代を収納した事実もなく、また、本件土地に対する公租公課を負担したこともなかつたこと(固定資産税等は、魚躬個人または右訴外会社において、これを支払つていたことがうかがわれる)、

(七)  前記営業再開届に添付した昭和三五年九月一日付の貸借対照表作成前までは、原告会社の財産目録に本件土地の記載がなく、貸借対照表上にも不動産勘定が全く記載されていなかつたこと(この間の事情につき、魚躬は、多忙のため失念して、会計帳簿に計上しなかつた旨説明している)、

(八)  魚躬は、昭和三五年ごろ訴外沢政男にすすめられ、本件土地を同人(実質上は、芝浦シヤーリング社長関昇)に対し売却することとしたのであるが、本件土地を魚躬個人の所有として売買すると、譲渡所得に対する課税を免れなかつたところ、本件土地が幸い原告会社所有名義に登記されていたため、これを原告の所有とし、自己の所有していた原告会社の全株式(名義は魚躬およびその親族)を譲渡する方法をとると、当時の所得税法第六条第六号によつて、有価証券の譲渡による所得は非課税とせられ、課税を免れえたので、前述のように、昭和三五年一〇月三一日付で魚津税務署に営業再開届を提出すると共に、それに添付の貸借対照表に、はじめて、本件土地を会社資産として、一九五万円と計上し、同年一二月一日右沢政男に、代金一億六、〇〇〇万円で原告会社の全株式(五〇万円払込一万株)を譲渡したこと、

(九)  魚躬より全株式の譲渡を受けて、一人株主となつた沢政男は、原告会社の代表取締役に就任し、さらに、本件土地を株式譲渡の方法によつて、訴外三井不動産株式会社に転売を企図したのであるが、成功しなかつたため、前述のごとく、昭和三六年七月一八日原告会社代表取締役として、本件土地を訴外朝日土地興業株式会社に売渡したものであること、

(一〇)  沢政男は、昭和三七年三月一五日本件土地等売買による譲渡所得(金二億八、八〇〇万円)について、所得税確定申告書を東京国税局麻布税務署に提出し、これが受理されていること、

(一一)  なお、魚躬は、昭和二二年ごろ本件土地以外にも、東京都内などで土地、建物を購入して、魚躬絨氈株式会社名義に登記し、数年後にこれらを処分していること、

以上のような事実を認めることができ、右認定に反する証人魚躬常次郎の証言の一部は、信用できず、他に、これを動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、まず、魚躬が原告のため代金を立替えて本件土地を購入したとすれば、それは、とりもなおさず、原告会社の発起人であつた魚躬が設立中の原告会社のため、会社の成立を条件として財産取得を約束したものといえるから、商法第一六八条第一項第六号の「財産引受」に当るというべきところ、財産引受は、「公証人の認証を受けた定款にこれを記載しないと、財産引受の効力を有しない」(最判昭和二八年一二月三日民集七巻一二号一二九九頁)ものであるから、財産引受として無効といわねばならず、かつ、その無効は、商法の規定上、同人に対しても主張しうるところといわねばならない。

また、魚躬から原告会社に、本件土地の所有権が、何時いかなる法律上の原因に基いて、移転されるに至つたかの点については、被告の全立証によつても、明らかでないばかりか、その後現在に至るまで、本件土地につき、事後設立手続、現物出資手続等の商法所定の手続がとられた事実も全くみられないのである。そうだとすると、魚躬が本件土地の所有権を原告会社に移転しようとする意思を持ち、原告会社の所有名義で登記をしていたとしても、さらに、税務署に対する営業再開届に添付の貸借対照表に会社資産として計上したとしても、右事実のみによつては、原告会社にその実質的所有権があつたものとは到底いいがたい。

要するに、本件土地は、昭和二二年に魚躬が買受けた当初から、同人個人の所有であつたものであり、同人は、改正前所得税法第六条第五号の規定を活用し、課税を免れるために、本件土地がたまたま原告会社所有名義で登記されていたことを幸いに、これを利用し、株式の譲渡に仮託して、その実質は本件土地を沢政男に売渡したものであり、これを買受けた同人がさらに訴外朝日土地興業株式会社に転売したものに外ならない。なお、沢政男が右転売した際の売買契約書の売主として、原告名を記載したのは、同人が本件土地を右のごとく株式の譲渡の形式で取得し、それが登記簿上原告の所有名義となつていた関係上、いきおい、恰かも原告会社が前記訴外会社と売買契約を締結したかのごとく、記載したにすぎないものと思われる。沢政男としては、当初魚躬と同様に、株式譲渡の方法でもつて、本件土地を訴外三井不動産株式会社に転売を図つていたが、そのうち、所得税法の改正により、かかる株式譲渡が非課税対象から除外されたため、やむなく、本件土地自体を売却するに至つたものであり、その実質上の収益は、魚躬と同様沢個人の取得するところであつたものである。それ故に、沢政男は、右譲渡による所得につき、麻布税務署に対して所得税確定申告をなしているのであつて、右所得申告は、当然のことである。

思うに、課税処分は、登記名義が備つているというような形式ないし外観にとらわれることなく、実質的な所有権帰属者―従つて、所有権が譲渡され、それによつて所得が生じた場合には、その実質的な所得の帰属者―に対してなされるべきものであり、その認定は、当然実体法的法律関係、経済的な実質関係をも考慮して、行われねばならないのである。

これを本件についてみるに、叙上認定のように、原告会社の性格、活動状況、本件土地の地代収益の帰属や公租公課の負担、ならびに魚躬が、多分に投機的不動産売買の意図を有していたことなどを併せ考えると、たとえ、登記名義が原告にあつたにせよ、本件土地の使用、収益、処分をなす権限は、魚躬個人に属していたものというべきである。

以上の次第で、本件土地は、魚躬がたまたま原告会社所有名義として登記していたのを利用して、原告会社の全株式譲渡という方法で沢政男に譲渡し、同人がこれを訴外朝日土地興業株式会社に転売したのであつて、原告は、右取引に実質上何等の関係をも有しないものといわねばならない。

被告は、脱税のために実体と異なる虚偽仮装の形式を作為したものであれば、これに加担した原告がその作為にかかる形式に従つてなされた課税処分に対して、その形式の虚偽仮装を理由に争うことは、信義誠実の原則に照して許されないと抗弁するが、本件虚偽仮装を作為したのは、前記のごとく、魚躬と沢政男であつて、右両名の一人会社であつた原告会社は、いわば右両名に利用された立場にあつたのであり、また、脱税の策謀が存したからといつて、それによつて、違法な課税処分が適法とされるいわれはなく、その解決は、刑事責任を追求する等によつて考慮されるべき問題であるから、右被告の抗弁は、これを採用できない。

そうだとすると、原告主張のその余の点につき判断するまでもなく、本件土地の実質上の所有者でない原告に対し、その譲渡による所得ありとしてなした本件更正決定は、これを取消さなければならない重大な瑕疵があるというべきであるから、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるとしなければならない。

四、次に、本件再調査決定の取消請求について考えてみるに、再調査決定において、その審査の対象とされる事項は、もつぱら原処分である更正決定の当否であつて、原処分と無関係な別個独立の処分ではない。本件再調査決定は、更正決定の所得金額より減額した所得金額を調定しているものであるが、課税処分の基礎は、本件土地が原告に帰属していたことを前提として、その譲渡による所得が原告にあつたとしている点には変りなく、ただ部分的、計数的見地から、更正決定を変更したにすぎないものである。

しかして、前段に説示のごとく、原処分たる本件更正決定が違法として、取消されるべき場合に、それを前提としてなされた再調査決定の取消を求めるにつき、訴の利益が存するか否かを検討するに、本件更正決定を取消す確定判決の効力が、当然に当事者たる行政庁を拘束することは、行政事件訴訟法第三三条に照らし明らかである。そうすると、原告としては、本件課税処分を争うに当り、原処分たる更正決定の取消を求めるをもつて足り、原処分と同一法理を基礎にした再調査決定の取消を求める必要はないものといわなければならない。

五、以上の次第で、原告の本件訴のうち、更正決定の取消を求める訴は、理由があるから、これを認容することとし、再調査決定の取消を求める訴については、原告は、訴の利益を有しないから、結局、不適法として、これを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田誠吾 土屋重雄 大山貞雄)

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